「羽」『柴』【秀】吉

さて、今回は前回の話で名前が出た三名の武将。丹羽長秀、柴田勝家、そして明智光秀についてのお話をしましょうか。この三名、織田家の重鎮という以外にも実は意外な繋がりがあるのです。

その繋がりである人物は、羽柴秀吉その人です。

この”羽柴秀吉”という名前と、この三人の名前を良く見比べてみましょう。何かに気づきましたか?そうです、同じ文字が名前に共通しているのですね。もちろんこれは、偶然ではありません。

その昔、羽柴秀吉は木下藤吉郎という名前でした。ですがある日藤吉郎は改名をしようと考えます。もしかしたら「木の下」では芽が出ないと考えたのかもしれませんね。そこで当時の織田家の有力家臣である三名から一文字ずつ拝命して丹羽長秀の「羽」、柴田勝家の「柴」、明智光秀の「秀」を貰って羽柴秀吉と名乗る事にしたのです。名前を拝命する事は珍しくないのですが、三文字も貰うところに秀吉の人間性が見え隠れするような気がします。図々しいっていうか…

しかし秀吉の子供たちはこう見ると、秀頼しかり、秀康しかり、光秀の「秀」の字を受け継いでいる事になりますね。(実は吉継という隠し子疑惑のある武将もいますが…)

それにどういう意味があったのかははかり知れませんが、武将の名前はこう見ていくと楽しいものもありますので、皆さんも名前の由来や文字を注意して見ていってみてください。もしかすると思わぬ発見があるかもしれませんよ。

 

新着

清州会議

今回は再び歴史を追いつつ、清州会議に場を移しましょう。

清州会議は信長の死後、織田家の後継者を決めるべく行われた会議の事です。ここで後継者として名が挙がったのが、信長の三男である織田信孝と信長の嫡男である織田信忠の嫡男(ああややこし)・三法師です。

ですがこの三法師、血流だけを見れば織田家の嫡流、即ち織田家の世継ぎとして相応しい立場ではありますがこの時なんとまだ三歳児。幼児じゃねーか!

もちろんこれは秀吉の策略。まだ幼い三法師を世継ぎに仕立て上げ、自分が織田家の実権を握ろうという企みだったのでしょう。ですがこんな下心スッケスケの状況にも拘らず、織田家の重鎮である柴田勝家や丹羽長秀らは秀吉の要求を飲む事に承諾せざるを得ませんでした。事前に根回しをやっていた秀吉の有利に会議は進められてしまったのです。まさにご利用が計画的

その後、三法師は一応織田家を継ぐ事は出来たものの、織田家の実権は実質的に秀吉に握られて、あっちいきこっちいきさせられ、最後は関ヶ原の後改易を喰らってお終いという最後…最後まで振り回され、利用された終わり方でした。

では次回はこの清州会議の背後に何があったのかを、ご紹介しましょう。秀吉の根回しと、本能寺の余波を喰らった丹羽長秀、柴田勝家の二方、織田家重鎮の二人。その背後に何があったのか。

 

 

新着

織田信忠と松姫のラブレター

今回は前回言ったように、織田信長の嫡男・織田信忠と、かの有名な武田信玄の娘松姫についてのエピソードをご紹介しましょう。

信忠と松姫は敵同士でしたが、織田家と武田家が同盟を結んだ時に同盟の証として夫婦になりました。ですが時は戦国、二人は形だけの夫婦であり、実際に一緒に暮らしていた訳ではありません。今でいう婚約者に近かった模様です。それでも二人は何通もの手紙のやり取りをして、お互いに思いを伝えあっていたようです。

ですが信玄の徳川領侵攻によりにより二つの家の同盟は破棄され、信玄死後に織田家は武田家に軍を進めます。しかもその時の総大将は信忠。松姫は何を思いながらその知らせを聞いたのでしょう。こうして戦国最強を謳われた武田家は終わりを迎えます。

その後、松姫は何とか生き延び北条家に保護されました。そこに届いたのは信忠からの手紙。松姫が生き延びている事を知った信忠は「毛利征伐が終わり次第、迎えに行きたい」という手紙を送ってきたのです。信忠は嫡男こそ産まれていましたが、まだ正室は持っていませんでした。終わっていた二人の恋は、お互いの中で続いていたのです。

ここで終われば、良かったのでしょう。ご存じこの直後、信忠は本能寺にて明智軍の襲撃を受けて命を落としました。この知らせを、松姫はまた、どんな思いで聞いたのでしょうね。その後は松姫は尼になり、一族や家臣らの菩提を弔い生きたようです。

戦国の世は、当然とはいえ辛い人生を生きた女性が多く、物悲しいですね。次回はまた歴史を追って、清州会議に移りましょう。では。

新着

竹中半兵衛という人物

さて、前回でも少し名前の出た竹中半兵衛について解説をしていきましょう。

彼は黒田官兵衛を語る上では外せない人物であり、彼もまた、希代の名軍師として官兵衛とともに羽柴秀吉に仕えていた人物です。

因みに官兵衛の名前が黒田孝高であるように、諱ですと「竹中重治」または「竹中重虎」になりますが、このブログでは通称の「竹中半兵衛」でいきます。知名度優先とかそんな

 

竹中半兵衛は織田信長の正室、濃姫の出身の美濃斎藤家に仕えていた武将です。その為、織田信長と敵対し、十面埋伏の陣などで織田家を破ってきた人物でしたが、実際には斎藤家では冷遇されていました。そして酒色に溺れる主君を諌める為に舅、弟らとわずか16人で難攻不落の稲葉山城を一日で奪い取るなど凄まじい事をやってのけた人物です。

その後、半兵衛は色々あって羽柴秀吉の配下になります。

因みに上記の城とりに加えて、剣術もかなりの腕前を持っていたとされる竹中半兵衛ですが、外見は「痩身且つ、その容貌婦人の如し」とあるので、女性的な風貌だったようですね。

女性的と言うと森蘭丸(正確には乱丸)が有名ですが、彼は実は美男子と言う記述はないので(信長の好みから察するにムキムキだったかと…)、記述までされて残っている竹中半兵衛はよほど女性的だったようかと。

そんな竹中半兵衛と黒田官兵衛の話が暫く続きます。

 

新着