襲撃を受けた羽柴秀次勢の動き

さて、徳川家康により背後からだけでなく側面からまで物凄い襲撃を受けて逃走するにいたった羽柴秀次勢のお話を少しおば。因みに官兵衛の話がまるで出て来ませんが、彼は小牧・長久手の戦いではお留守番だったようですので暫く出番はありません。そんな身も蓋もない

えーともあれ秀次勢がその動きに気付いたのは朝方だとも言われています。岡崎城へと奇襲をかける為に進む秀次勢、後ろから7~800人ほどの舞台が現れた事に気づきました。

「あれは何だろう」
「何でしょうね」

ちょっとゆったりしてるにも程がある気がするが、とにかく秀次なんだろうと首を傾げていた。かどうかは知らないが、そんな事を言っている内に新たな部隊が出て此方に近付いてきている。家臣の一人が言った。

「あれらは何らかの意図を持っている部隊ですぞ。殿、お覚悟を」

そんな事を言っているとまた新たにいくつもの部隊が飛び出してきて、最初に出てきた舞台に合流してくると大きな舞台となって秀次勢に押し寄せて攻撃を始めてきた。その部隊にある旗印を見て初めてその部隊が徳川・織田部隊だと気がついた秀次隊はパニックになり、壊滅してしまいましたとさ。尚、同行していた長谷川秀一はこの部隊を見て前方に進んでいる堀秀政隊に連絡を取っている事をここに記載。

うーん秀次様、ちょっと呑気だったね。というお話です。まあ戦には色々あるよね。

 


2014年3月7日 襲撃を受けた羽柴秀次勢の動き はコメントを受け付けていません。 黒田官兵衛