親子の対面と別れ

前回の記事にも書いたとおり、官兵衛は一年後に幽閉先より救い出されます。この時官兵衛は酷い有様で、足が不自由になっていたそうです。そうまでしても官兵衛は織田家への忠義を貫き通していました。

救い出された官兵衛を見て織田信長は喜びましたが、同時にかなりの罪悪感も覚えたようです。官兵衛が裏切ったものと信じて、人質の松寿丸を処刑してしまったからです。ですがそこで「実は…」と秀吉が現れます。

竹中半兵衛の機転により、松寿丸は処刑を免れていました。それを知った信長は安堵しながらも、「また半兵衛めにしてやられたか」と笑ったそうです。

さて、感動の親子の対面が行われました。幽閉された官兵衛も息子は見せしめに処刑されたであろうと思っていたので、喜びもひとしおでした。ましてや自らの身の危険も顧みずに松寿丸を匿ってくれた半兵衛に、官兵衛は大変感謝していました。

ですが、悲しい事に既に半兵衛はこの世の人ではなくなっていました。

元々病を患っていた半兵衛は、官兵衛の救出前に亡くなっていました。「死ぬならば戦場で」と病気の身を押して出陣し、陣中で亡くなったそうです。

松寿丸がなければ後の黒田家も無かった話ですが、息子を助けて貰った官兵衛は恩人にお礼も言えないままというのが、物語のようで美しく悲しい話ですね。

それ以後官兵衛は半兵衛の分まで秀吉に仕えていくのですが、それはまた別のお話です。