内田入道玄叙の策・1

さて今回からは岩屋城攻めの少し後、迫りくる島津軍との戦いで活躍した立花家の智将・内田入道玄叙の話を少ししましょう。

さて岩屋城で高橋紹運相手に多大な被害を受けた島津軍は、急いで次の城である立花城に向かいます。何せ時間をかけ過ぎては秀吉の大軍が援軍としてきてしまいます。それだけは何とか避けたい島津軍、大軍を持って立花城を取り囲みます。

大軍に城を囲まれた立花城では軍議が荒れていました。島津の大軍相手には開城も止むなしとする者達も多かったのですが、実父・高橋紹運を岩屋城で捨て身の玉砕で失っていた立花宗茂は徹底抗戦を主張。逃げたい者は逃げるも止むなし、たった一人になってでも戦い続ける事を決定した宗茂に、立花の将らも覚悟を決めました。

さて立花城では徹底抗戦が決定しましたが、島津軍を率いていた島津忠長はこれに頭を悩ませます。立花城をそのまま攻めてしまえば、岩屋城よりも多大な犠牲と時間を労するでしょう。それでは困る。何とか立花城を降伏させたい忠長は城下の焼き払いなどで城方の士気を下げようとしますが、宗茂もまたその度に兵を出すも打って出てくる様子もない。

その内、中国四国から大友家への援軍が出されたと聞いた忠長は立花城攻めを開始する事にしました。