大友家との講和

大軍を率いて交戦に出た挙げ句、とどめとばかりに送り込んだ援軍が足を引っ張るどころかあすの勝利を祝って大宴会。その油断を突かれて総大将あっさり奇襲で討ち取られてほうほうの体で逃げださざるを得なくなった大友家。対して大軍を退けて士気を上げまくる龍造寺家。終わってみればこんな戦になるなど誰が始まった時に予想したのか。

ともあれ総大将である大友親貞(宗麟の弟)を討ち取られてしまった大友軍。本体から見ればさほど痛手にはならなかったものの、この勝ち戦で奇襲を受けて敗北したという事実は痛手だったようです。結局その後半年間大友軍による龍造寺軍包囲網を続けますが、結局佐賀城は落とせないまま。最終的に龍造寺側から申し入れられた和睦を受ける形でこの戦いは終了します。

その後、龍造寺家は対面では大友家へ従属の姿勢を取るも、その裏ではじわじわと勢力を拡大していきます。

龍造寺攻め込む→合戦→膠着する→大友「この辺で勘弁したるわ!」→だけど攻め込まれた土地は龍造寺のものになる。大体この流れの繰り返しで勢力拡大していく龍造寺家はその後、大友家、島津家と並ぶ九州三強の一つとなっていくのでした。

というより大友家が大軍率いる→敗北フラグの流れが気になります。