宗像氏と恨みの怨念1

今回からは人知れず滅んでいっている九州の勢力の一つ、宗像氏に何があったかを少しづつ説明していきます。おどろおどろしいタイトルから分かるようにかなりドロドロした経緯ですが、ゆっくりと解説交じりに説明していきましょう。

さてどこから話すべきか、宗像氏は古くから伝わる家であり、天照大神と素戔嗚尊の誓約によって生まれた宗像三神を祭神とする全国宗像神社の総本社・宗像大社の大宮司家を中核とする家です。あの有名な天武天皇の息子である高市皇子の母親・尼子娘もこの宗像氏の出身とされています。宗像氏は平安のもっと昔より伝わる、由緒正しい家なのです。

ではこの家がなぜ滅びるに至ったのか?そこにまず絡んでくるのは少弐家、龍造寺家の衰退にもかかわってきたあの少弐家との争いが始まりです。

少弐家は大内氏を北九州の地から追い出して、今の太宰府辺りの土地を奪還するために幾度も戦っていました。念願かなって太宰府を手に入れるのですが、その後も大内氏を追い落とすため戦を続けます。戦を続けるためには資金が必要。そこで少弐家の少弐政資は周辺の豪族達に周辺の豪族たちに過剰な軍役や貢納を課し始めました。

この頃、宗像大宮司の宗像氏佐のもとには家宝として金の猫の像がありました。この金の猫が始まりです。