忠義と遺言

道雪の遺言である「遺体に具足をつけたままこの地に立ったまま埋める」。これを守るというのならば、道雪の遺体をこの地においていくという事になってしまいます。如何に主の最後の言葉といえど、道雪の遺体を置いて退却するなど出来る筈がありません。家臣達は一同頭を悩ませて話し合い、結論が出ました。

「やはり道雪様をこのような場所においてはいけない、皆で立花の城にお連れしよう」

「だが道雪様の最後の御言葉に背いて、祟りがあれば何とする」

「何、祟りがあって道雪様が枕元に立たれたならばお叱りを受け、その場で腹を切れば良いではないか。道雪様に最後を見届けて頂かれるのであれば、これ以上の幸せはなかろう」

こうして、一同は道雪の遺言には背きながらも、その遺体を主君の城・立花城まで連れ帰る事に決めました。立花道雪という人がどのように家臣に接していて、そして家臣がどのように思っていたか伝わって来るようなエピソードです。

こうして生涯三十七度の戦を戦い抜き、主君大友家を支え続けた立花道雪の遺体はその後、当時の筑前の寺にて埋葬されました。その後、道雪が悪霊となって祟ったという逸話は聞いた事がありませんが、もしかして死んで尚、家臣の皆は道雪にもう一度会いたかったのかもしれませんね。


2014年4月25日 忠義と遺言 はコメントを受け付けていません。 九州