蒲池鎮並と玉鶴姫2

駆け込んできた吉田歌右衛門は叫びました。

「龍造寺方の待ち伏せに会い、鎮並様のみならず家来衆芸人達皆殺しに会いまして御座います!!」

この時、先導を務めていたために一行から離れていた歌右衛門だけが助かったと言われています。更に隆信の手によって、蒲池家の家来であった田尻鑑種が龍造寺方に寝返り、柳河城攻めを開始しました。蒲池方は徹底抗戦を選び、玉鶴姫は柳河城支城である塩塚城へと避難しました。

因みにこの田尻鑑種、蒲池家とは縁戚関係者になります。即ちこの戦いは同族同士の争いであり、殺し合いでした。ここからも隆信の残忍さが見え隠れしますが、結局田尻鑑種もまた隆信にはついていけず後に離反します。そしてこれがまた別の戦いを読んで龍造寺家はほろんでいくのですが、それはまたにしましょう。

さて隆信は娘に帰還を命じますが、夫を殺された玉鶴姫は蒲池一族と命運を共にする道を選びます。これに激怒した隆信井はなんと玉鶴姫ごと塩塚城殲滅の命を下しました。騙し打ちもそうですが、娘にもこの仕打ち。隆信は既に乱心しきっていたのかもしれません。結果、玉鶴姫も自害。姫に仕えていた女衆もその後をおい、その数は108人にも及んだとされています。

現在でも地元の農民達によって供養された、「百八人塚」が残っています。