新宮党粛清異聞録・後

故郷に帰る道すがら、角都は数人の座頭仲間と出会い、意気投合します。そして彼らと親しくなった角都は驚くべき噂を彼らから聞かされました。

角都を月山富田城から追放した尼子国久が、主君・晴久を追い落として出雲国主の地位を得ようと企んでいるというのです。この話を聞いた角都は直ちに取って返し、尼子晴久に事の次第を通報しました。激怒した晴久は叔父国久を始めとする新宮党を粛清してしまうのでした・・・・が。

実はこの国久謀反の法を角都に伝えた座頭らは毛利元就配下で各地に間諜として遣わされた座頭衆と呼ばれる忍びであり、角都と尼子晴久は元就の策にまんまと嵌められたのでした。尚、雲陽軍実記によるとこの角都なる座頭は後の尼子義久の 時代にも側近として存在し、宇山久信らの尼子家臣を讒訴した為、尼子氏の凋落の一因になったといいます。うーん毛利元就の策謀おそるべし、となるべきところなのでしょうが、これはちょっと元就を神格化し過ぎているな、と思いますね。

新宮党粛清は尼子家を一本化するになくてはならないことでしたし、むしろその後は元就のラッキースキルが振るった結果ではないかと思います。いや、毛利元就って凄い人物なのは分かりますが・・・。

しかしこのように色んな話を知るのは面白いですね。色々な逸話を調べながら比較して、自分なりの戦国時代観を語り合うのは楽しいかもしれませんね。

 

新宮党粛清異聞録・前

今回は以前にも少し触れた、毛利元就、尼子家の新宮党粛清への介入説のお話です。

尼子経久の弟・尼子久幸が組織し、後に経久の次男・尼子国久とその子である誠久らに率いられた新宮党は尼子家中きっての武闘派として中国地方では恐れられ、尼子家の躍進の原動力となっていた一族衆でした。しかし尼子経久の三男・塩冶興久の叛乱が鎮圧され、その遺領である西出雲の管理を国久が任されるようになると新宮党の権勢は尼子宗家を継いだ尼子晴久と並ぶほどとなり、尼子家への中央集権化を図る晴久の障害となった新宮党は1554年、晴久の命により粛清され、国久の一族の大半が死に、消滅してしまいます。

家中を纏める為、尼子晴久が自らの判断で粛清したと言う説の他に、雲陽軍実記にはもう一つの元就の謀略による逸話があります。

尼子晴久のお気に入りの座頭で角都と言う者が居ました。角都は家中の重臣を晴久に讒訴したり、酒や遊興を勧め堕落させるなどしていたので、城中や城下での評判はとても悪いものでした。新宮党党首の尼子国久も彼を嫌う一人であり、このままでは御家の為にならぬから角都を放逐せよ、さもなくば殺害も止むなしと晴久に迫ります。仕方なしに晴久は角都に暇 を出し、角都は故郷へ帰ることとなりました。

元就と間者と三つの刀

天文23年(1554年)、出雲では尼子晴久による新宮党粛清が起こります。この事は以前にも解説しましたが、今回はそれに関する毛利元就の逸話をご紹介していきましょう。

さて北条早雲が座頭などの盲目の者達を自領から追放すると言う例を出し、退去する盲目の者達に自らの間諜を紛れ込ませて各地へと散らしたのは有名ですが、これと同じような話が毛利元就にもあります。

元就は4人の琵琶法師を座頭衆という間諜として代わり代わり周辺に派遣し、各地の領主の人物やその地の情報を得たり、時には偽情報を流させるなどもしていたといいます。一節には、これが尼子国久の新宮党粛清にも一枚噛んだとも言われています。

その座頭衆の一人に勝一と言う名の琵琶法師が居ました。勝一は琵琶の弾き語りや弁舌に優れるだけでなく、病で盲目になる前は勉学に励んでいたので博識でもありました。ある日、元就は先祖伝来の刀が3つに割れると言う夢を見て不吉に思い、勝一に相談しました。夢の内容を聞き、勝一はそれについてこう答えたと言いいます。

「殿が見た夢は吉兆にございます。何故なら3つの刀は刕、変じて州、すなわちクニとなります。故にこれは殿が将来一つの国の主となられることを意味しているのです。」

それを聞き、元就は安堵するとともに大いに喜んだといます。州とどう似ているのかは良くわかりませんが、昔、刕は州の異体字として使われることがあったらしいのでそこから来た逸話のようですね。

 

北の方の呼び名について

さて奥さん、側室などの話が続きましたがここで「北の方」についてのご説明をしましょう。「北の方」とは性質の呼び名です。元就の側室の中の方は城の東に移り住んだので「東の方」と呼ばれるようになりましたが、「北の方」の呼び名も同じような理由があります。

そもそもの北の方の呼び名は平安時代に生まれたようですが、これは平安時代の寝殿造で正室は母屋の北側の屋敷に住んでいることが多かったことから「北の方」の呼称が発生したという説もあります。東の方と同じく、住んでいる場所で呼び名が決まるのですね。元就の娘の五龍局も、居城五龍城から来ていますし、織田信長の正室・濃姫も安土城に移り住んでからは安土殿と呼ばれたとの話もあります。

もう一つの理由が、台所です。台所は昭和40年代まで北側に作られることが多かったのです。何故かというと冷蔵庫がなかった昔は、南側に台所があるとそれだけ食料が傷みやすいからです。涼しい北側にキッチンを作っていたのですね。

今は冷蔵庫なども普及していますし、DKで食事の場所とキッチンが一緒になっていることも多いので明るい南側にキッチンがある場合が多いようです。

ちょっと余談で、戦国と現代の「北の方」でした。

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元就と妾とその間男

今回は妻は妻でもお妾さんの方の妻です。それも毛利元就の妾のお話。中々にドロドロした逸話ですので、ご注意を。

さて元就の囲う妾のもとに、忍んで通う男がありました。名を木原兵部少輔といって、世に聞こえた大力の剛の者です。

これを知った元就は木原を誅殺しようと画策します。そこで誰にやらせるかが問題です。木原も手練れ、しかも主君の女に手を出している負い目があるので用心しているはず。日頃から勇名を馳せている者に申し付ければ、かえって仕損じるかもしれない。

そこで元就は、まだ十六歳になったばかりの粟屋源二郎という者にこれを命じました。華奢で容姿端麗な源二郎に想いを寄せる者は多く、木原もその一人。この少年になら用心を解くだろうと考えてのことだった。

さて源二郎が元就の命を承って退出すると、木原は碁を打っているところでした。源二郎が戯れに刀を抜き、木原の肩に押し当てて「上意ぞ」と言って笑います。木原は「また源二郎が馬鹿を言っておるぞ」と、気にもかけずに碁を打ち続けたので、源二郎は今度は刀を振り上げて「上意ぞ!」と言って袈裟懸けに振り下ろしました。これにはさすがの木原も刀の柄に手をかける間もなく、その場に倒れ伏して事切れたということです。

何が恐ろしいって、家臣の色恋を把握しているだけでなくそれを利用して確実に弱点を突いてくる元就ですよ。なんで木原もこの元就の妾に手を出したのか・・・まあ浮気はスリルがなくちゃ続けられないもんですからね。

世間一般の皆さんはこんな風に、上司の奥さんに手を出したりしないようにしましょう。え、しない?そりゃそうだ!

毛利元就と東の方

前回、東の方と、元就の息子である四男・穂井田元清の良好な関係であった逸話をご紹介しましたので、今回は夫であった元就自身と東の方の逸話をひとつご紹介しましょう。

東の方は元就から お正月につけるお歯黒の調合を依頼されたり、輝元が毛利家の人間として器量が示せるよう中の丸からも助言してあげてね、とお願いされたりするなどして、元就自身からも随分と頼りにされていた人物だったようです。

そんな東の方への元就の手紙には

「ひらがなで頑張って書いてみたけど難しいですね。今度また教えて下さいね」

なんていう可愛い一文が残っています。現代でお年寄りがメールのやり取りを頑張ってやっているみたいでほっこりしますね。

さてこれだけでは何ですので、彼女が東の方と言われた由来をご紹介しましょう。

彼女が東の方と呼ばれだしたのは、どうやら元就死後の頃のようです。夫亡き後、子供のいなかった彼女は四男・元清の治める桜尾城の東の丸に移り住んで余生を過ごしました。この事から彼女は「東の方」と呼ばれるようになったようです。元就と杉の大方もそうですが、元清と東の方も血の繋がった親子でなくても良好な関係を築いていたようです。こんな話はなんだか見ているとほっこりさせられますね。

 

側室・東の方

元就の側室は三人おり、幼い側室は三吉の方(元秋、元倶、元康の母)でもう一人は乃美の方(元清、元政、秀包の母)、三人目の側室が東の方(御東大方、中の丸とも呼ばれる人物)であると言われています。この東の方は小幡氏の娘といわれてますが詳細は不明であり、確固たる証拠は用意されていないようです。

今回はそんな東の方の逸話をひとつご紹介。

東の方は他の側室とは違い、子に恵まれませんでした。しかし他の側室の方々が産んだ子供達と仲がよく、慕われていたそうです。特に四男・穂井田元清は東の方を常に心配しており、戦に臨む際にも

「中の丸殿は子どもに恵まれず幸せうすきお方です。おわかりかとは思いますが輝元様がお目をかけてあげなければいけませんから、しっかりと面倒を見てあげてくださいね。それは亡き元就様への供養にもなりますから、くれぐれもお見捨てなきように。中の丸殿は私が幼い時から目をかけてくださった女性ですから特に申し上げておきます。」

と書き残しているほど仲がよかったようです。このこの中の丸と元清の関係は、元就と杉の方の関係を彷彿とさせます。どちらも幼い頃から世話をしてくれた父親の側室を慕い、思いやる話です。しかしこう見てみると、ちょっと毛利家全体はマザコン体質なのかな?と思ってしまいますね。

毛利元就、側室を娶る・後

しかし元就は一体どうして娘を気に入ってくれたというのか?そう元就に尋ねてみると、彼はこう答えました。

「お前たちは娘が子供であり、まだ女にはなっておらぬという。だが、娘は私と対面している間も、終始恥じらっていた。それは小用を我慢していたからである。子供であれば、気にせず厠へと飛んで行ったであろう。あの娘は、立派に女である」

「そして娘は辛抱が出来なくなりこのまま垂れ流すよりはと考えて、船から水へと飛び込んだのだ。これは咄嗟の機転から生まれた行動で、娘に才智が備わっている証であるだろう」

「何よりも心を打たれたのは、船に救い上げた際に娘は私に抱きついていたのだが恥じらうだけでなく、相手の着物を濡らしてしまった事を気にかけてもいた。あれは気立ての良い娘だ」

と、元就は至極冷静に答えたといいます。

因みにこの逸話には二通りの解釈があり、本当に娘は「立派に女で」「才智を秘めた」「気立ての良い娘」であり、周りが気がつかなかったそれを元就が見抜いてみせたという場合と、娘は本当に幼い童女だったのだけれど、毛利の今後を考えるとこの豪族との結束を強める必要があったので何でもない行動にも理由を当てはめてみせた元就の咄嗟の機転を褒める場合があります。

どちらにせよ、元就がロリコンだったという簡単な話ではなかったのだと流石毛利元就だなぁというオチがつくわけですね!

 

毛利元就、側室を娶る・前

さて1550年代には、毛利元就は四男・後の穂井田元清を授かっています。愛する正室・妙玖不人を亡くしたあとに新しく側室を娶り、子供を授かったわけです。ここからは元就の側室たちにまつわる逸話をご紹介していきましょう。

戦国時代、特に妻は家内のことを取り仕切ってくれる存在であり、大変重要視されていました。豊臣秀吉の妻であるねねや、前田利家の妻まつ、山内一豊の妻千代なども内助の功で有名ですね。(三人とも子供が後を継いでないことでも有名ですが・・・)

そんなこんなで元就も妻を持たずを得ない状況になり、側室を娶ることにしました。これには早速近隣の豪族から様々な申し入れが相次ぎました。そんな中、最近になってから毛利に服属したばかりの三吉氏は何としても一族の娘を側室に迎えて欲しい、と思っていました。が、生憎と年頃の娘がおらず、唯一いたのは幼い童女という状況。それでも器量は良いのだし、一応は会うだけ会ってもらおうと思ったのかお見合いをセッティング。

元就を舟遊びに誘い、娘と二人きりにさせたまでは良かったのですが娘はもじもじと落ち着かず、元就が話しかけても上の空。ついにはこの状況に堪えきれなくなったのか船から飛び降りて着物を水浸しにしてしまいました。その上娘を助ける為に船へと抱き上げた元就の衣服まで濡らしてしまいました。これではとても側室に迎えてもらえないと落胆した父親に対して、元就は意外な反応を返します。

なんと元就は「明日にでも使いを出そう」と娘を側室に受け入れることを決めたのです。

河童と井上氏の顛末

ちょっと話が前後しますが、ここでとある逸話をご紹介しましょう。その登場人物は河童。おとぎ話に出てくる、あの河童です。

時は天文3年8月の夏の盛り、毛利元就とその一党が、安芸の吉田に本拠を構えていた頃のことです。 吉田川の釜淵と呼ばれる水底に、淵猿と呼ばれる恐るべき大河童が現れ、人々に恐れられていました。その大河童は 百人力の怪力をもって人馬を襲い食らうという、おとぎ話レベルではなく正真正銘の怪物です。

この怪物をを退治してくれようと名乗りを上げたのが、毛利家の武人・井上元重、通称・荒源三郎と呼ばれた人物です。 しかしこの退治方法が凄い。

源三郎は百人力の淵猿にいきなりガチンコの肉体勝負を挑んだのです。源三郎も七十人力と呼ばれる力自慢の人間でした。もはやそいつも化物では、なんて言ってはいけません。

化け物同士二人の戦は長く続きましたが、最後に勝負を制したのは源三郎の方でした。 淵猿の首を掴んで全力で振り回したところ、頭の皿に溜まっていた水が流れ落ちて、淵猿は百人力を失って負けたのです。こうして吉田川の淵猿は退治されました。

そこでこの話は終わります。何の教訓もなく、終わるのです。

河童は人に近い化物として多々出てきます。お礼をしたり、騙されたり、相撲を取って負けたり、どこか憎めない存在のように描かれていますが、この河童はただひたすらに恐ろしい化物として現れ、死闘の果てに退治されます。そしてそこで話は終わり、教訓もないただの河童退治の話です。

しかしその後七十人力の源三郎は、天文19年の元就による井上一族粛清のとき、一族郎党と共に殺されました。化物を真っ向勝負で打ち倒せた人物は、ここで粛清にあってその命を散らせました。

もしかしてこの話、生きている人間が一番怖いという寓話なのかも、しれませんね。