この頃の…

さて何度か毛利元就についてのいろいろなエピソードを紹介してきましたね。元就という人物がどのような人物であって、実は意外に苦労をしてのし上がってきた人物だということかを少しでもわかって頂ければ幸いです。

しかしこの時代はやはり戦国時代、様々な家が争い合っています。特に元就の周辺には本人含めて謀が大好きな長けている人物たちが多いので、元就も苦労してきたことでしょう。戦自慢の武将も多かったことから、争いの数も半端ないですしね。

さてここで色々と突っ込みどころが満載の逸話をひとつ、ご紹介しましょう。

時は大永7年(1527)の春のことであった。このころ、安芸国中は平穏であったので毛利元就は上洛して将軍・足利義晴公に謁見した。元就は大江広元の苗裔として江家の嫡流であったので、将軍からは他の国侍に準ずるべきではないと、高家に劣らぬほど高く待遇された。その上将軍家の推挙によって、元就は従五位に叙せられた。くわえてその武功が雲上にまで聞こえたことで、帝より錦の直垂を下されたのである。

かくして元就は3年間在洛して、享禄2年の秋、芸州へと戻った。

おいいったい誰のことだ(真顔)

と思ってしまいそうな逸話です。何となく元就の兄の行動ともとなりがごっちゃにされてしまったのでは、と思いますが、何より突っ込むべきは安芸が平穏だということ…うーん、しかしこれは間違ってる!と頭から避難せず、なんだこれ面白いなwと思って欲しいですね。こんな逸話もあるから逸話を読むのって面白いのです。

さあ貴方も身近で面白い逸話がないか調べてみましょう!