もう一つの誅殺

さて前回元就が毛利宗家を相続した直後、弟である相合元網を擁立し、反逆しようとした一派を先手を打って殲滅したという事件について話しました。その手引きをした人物、もしくは尼子の画策に乗ってしまい元網を担ぎ上げた人物の一人に渡辺勝という人物がいます。彼についての誅殺は一般的には「所用と言って郡山城に呼び出しておいて刺客に集団で襲わせた」といわれていますが、これには異説が残っています。

元網粛清の後、家臣たちに動揺が広がりました。無関係な家臣たちもそうですが、この企てに乗っていた渡辺はもしや自分も、と思っていたところに元就から呼び出しがかかりました。しかし行くと元就は機嫌よく渡辺を迎え入れ、内密の話があるので裏庭へ・・・と誘います。元就が警戒せず二人きりになったこと、重要なお役目の話だったことで渡辺は自分の企ては露呈していないのでは、と思ってしまいました。

「では以上、よろしく頼むぞ」

「はい、承りました。時に殿、弟御や坂殿へのあまりに苛烈な処分に家中では動揺が広まっております。ご一族や累代の重臣に対しては、慈悲のお心を持つことが大事ではないでしょうか」

暗に自分を許せと言っているようなものですが、そこで元就、苦笑いをしながら立ち上がって近づくと

「どの口がふざけたことを抜かすか!貴様らが元網を担ぎ上げねばあのようなことなどしなくてもよかったのだ!」

と、渡辺の髻と頸をつかんで持ち上げ、城の裏手の高所から投げ落として粉々にしてしまっといいます。人が粉々になるってどんだけだ・・・もしや落ちる前から粉々だったのでは

こんな逸話もあるように、元就の悲しみは凄まじいものがあったのでしょうね。余計な横やりが無ければ、もしかしたらいつまでも仲の良い兄弟でいられたかもしれませんので。