亀井重綱の忠義・前

さて尼子家の武将最後の話。尼子経久の三男・塩谷輿久に仕えた人物、亀井重綱の話です。この重綱は前回出てきた亀井さんこと亀井玆矩の妻の大叔父に当たる人物、と言われています。

ある時、輿久は父・経久に領地の加増を申し出ましたが、つれなく断られました。この事を不満に思った輿久は乱を起こしてしまった事は以前話したと思います。今回の話は、これを深く解説していきます。

領地の加増を断られた輿久、彼は家老であった亀井重綱に自らの怒りをぶちまけました。

「これほどまでに宗家に尽くしている私を無下に扱うとは!これは筆頭家老で晴久付きの亀井安綱の入れ知恵だろう。ならば富田城を襲って父を幽閉し、晴久を殺し、憎き安綱めを鋸挽きにしてくれようぞ!」

主君が謀反を企て、己の兄に憎しみを向けるのに驚いた重綱は、興久を諌めました。

「父が悪くとも子が孝行を尽くせば、父も顧みて元の絆を取り戻せるでしょう。それでも殿が我が兄・安綱を憎むとあらば、拙者一人富田城に乗り込んで兄と刺し違えて参りましょう。とにかく、どうか謀反だけはお止めくだされ」

しかし興久の怒りと野心は収まらず、享禄3年、輿久はついに兵を挙げてしまいました。蜂起の前日、重綱は密かに月山冨田城の経久を訪ねて全てを打ち明けました。経久は興久に対し激怒したが、重綱には事が済むまで富田城に留まるよう言い渡しました。