今も昔も大変な見物人対策

さて現代でも山口の大内氏館といえば、室町期守護館の典型例として長期にわたり発掘調査が行われて、往時の大名の有りようを今に伝えてくれる貴重な史跡として多くの観光客も訪れる場所となっています。ですがこの大内館が観光客を呼び込んでいたのは現在だけではなかったようです。大内氏の分国法、「大内氏掟書」にてこのような禁制が見られます。

『殿中の見物禁止!

守護館の殿中を見物させることは前々から禁止していたのに、ややもすれば知人を引き入れて見物させ、あろうことが君主の私的場所である「常の御座所」あたりまで見せて回っている者すらいる。以ての外の事!これ以後は、お庭であっても見物に入ってはならない!たとえ大内氏に従っている者であっても外様の人間には「奥」を見せるべきではない。以後、違反者があれば特に処罰をする! 延徳元年 12月29日』

当時、応仁の乱で活躍した大内政弘が帰国して山口の守護館を新築しました。それはいいのですがこの新築館への見物が大変流行った、ということらしいです。その押しかける観光客にプライベート空間にまで侵入された大内家の人達、遂に見物の禁止を法律にした、ということです。

今も昔も見物人への対処は大変なのだと思わせてくれる、ちょっとクスッとしそうな逸話ですね。