伊賀崎治堅の最期と、その妻の最期・2

「元満様の祖父、判官殿は大内義興卿在京時、裁袖余桃の契り深きが故に防州へ共に下られた。その時私の祖父も主人に供奉して下向してから主君も三代、我が家も三代お仕えしてきた。中でも私は幼少時から元満様に可愛がって頂いてきて、片時もお傍を離れずご奉公してきたというのに、このような大事な時に同じ場所にさえいる事が出来なかったという事は前世での報いでもあったのだろうか。神祇三宝に憎まれ君臣の契りも尽き果てたのか。遅れたことは口惜しいが、我が主君よ暫しお待ち下さい。腹を切って追いつき、死出の山の露を払い、三途の川を瀬踏みしてお役に立ち、その時こそ御最後に遅れてしまった言い訳を致しましょう」

この言葉を聞いた吉安、白松も

「私たちもどうして後に残ろうか、同じ道を行こうではないか」

と言って三人共に覚悟と心を決めました。彼らは主の死骸を三度礼拝し、腹を十文字に掻き破って同じ枕に伏しました。人々はこの忠義と勇気を比類なきものに感じ、称賛したということです。

続きます。

 

 

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どうでもいいのですが「三途の川を瀬踏みして」というのは自力で渡るという事でしょうか。渡し賃は真田さんのお家が払ってくれるのでそれくらい払ってあげて欲しいですよね川渡しも生活があるんですよ。

どうも私の祖父が川渡しだったのでここが気にかかりました。え、別にどうでもいい?失礼しました!