伊賀崎治堅の最期と、その妻の最期・4

しかし同時に彼女は、命を落とした女性に救いの道が全く開かれていないわけではないことも知っていました。

幼い頃から毎日読誦した法華経を読み、五の巻の摩訶波闍波題比丘尼が仏になる予言を受けた文に至った彼女は涙を流し、法華経王に罪科を消除し、先だった夫と同じ寂光浄土に迎え給えと経誦し終わると、経典の表紙の裏に

「死出の山したひてぞゆく契置し君が言葉を道の枝折に」

と書きつけました。そして念仏を十返ほど唱えると、守り刀を抜いて胸に突きたて、うつ伏せになって死んでしまいました。二夫を変えざる事すら珍しい世にあって、命をかけて二世の契りを結んだこの婦人の事は人々の心をうち、遠く京の都まで伝わっただけでなく漁夫や樵に至るまで知れ渡り、皆、婦人の貞淑と哀れさに涙を流したということです。

現代人の感覚からすれば分かりにくいかもしれませんが、夫が夫なれば妻も妻。己の命の捨て場所、決める場所を知っていた夫婦だったのでしょう。死に場所こそ遠く海を挟んで離れ離れにされてしまった二人ですが、果たして極楽浄土で再び出会えたのでしょうか。

男女の離れ離れというと七夕の話が思い起こされますが、二人の間の海は死ぬまで渡れなかったのが悲しい所です。しかし三図の川のほとりで、再び出会えたのかもしれませんね。