伊香賀の立ち腹・前

今回は陶晴賢の部下であり、勇将伊香賀隆正の逸話をご紹介します。

時は1555年。厳島合戦と呼ばれるこの戦いで、陶軍と毛利軍がぶつかり合いました。しかし大軍であった事の油断と欠点を突かれた上に、毛利軍の奇襲にあって部隊は大混乱、総崩れとなってしまいます。

晴賢はこれに踏みとどまって戦い続け、華々しく討ち死にしようと決めましたが側近達に引きずられるようにして退却します。その後、上陸した大元浦まで退いて陣を立て直そうとするも失敗し、逃れる為の船を探しても既に先立って逃げだした部下達が乗って逃げているので使える船は一隻も無い状態でした。

・・・もはやこれまで!

晴賢も晴賢を引きずって退却してきた側近達も、情けなく討たれるよりは自刃しようと覚悟を決めます。小姓に持たせていた胡餅を分け合って食べ、 松の葉で綴じた木の葉を杯として酒の代わりに谷川の水を注いで呑み交わして、 脇差を扇に見立てて謡い舞いました。そう、最期の別れの宴です。

晴賢は石の上に座って、その腹を十字にかっ切りました。そして腸をつかみ出そうとした所に太刀が振り下ろされ、陶晴賢の首は落ちました。西国一の侍大将、陶晴賢の最期でした。その最期こそは潔いものであったと思います。