伊香賀の立ち腹・後

この時、晴賢の介錯をしたの人物こそ伊香賀民部少輔隆正、陶晴賢の乳人(めのと・養育係)を務めた男です。伊香賀は刀を取り落とし、晴賢の遺骸を掻き抱いくと、
「あなた様が赤子のころから一日も、片時も離れずに、慈しんで参りましたものを。日に日に成長されるのがどんなに嬉しかったことか。昔のこともまるで昨日のように覚えております。私こそが先立つべきなのに、その首をこの手で落とさねばならないとは」

と、泣き崩れました。陶晴賢・享年35歳。その早すぎる死は、幼い頃からその成長を見守り続けてきた養育係から見てどのようなものであったのか。そしてその介錯をしなければならないという思い悲しみは如何ほどのものであったのか。心中を想像するだけで涙を誘います。

さて伊香賀を含め、残った者達は陶晴賢の首を小袖に包んで岩陰に厳重に隠し終えると、さあ自分たちも、と思い思いに刺し違えて息を引き取っていきました。伊香賀もまた晴賢の傍らで死にたかっのですが、乳人の自分の遺骸が近くで見つかると主君である晴賢の首も探し出されてしまうだろうと考えて、数百メートルも離れた浜辺で立ったまま腹を掻き破り、自分で首を押し切って果てたといいます。

正に立ち腹。西国一の侍大将を育てた人物の、壮絶な最期です。