側室・東の方

元就の側室は三人おり、幼い側室は三吉の方(元秋、元倶、元康の母)でもう一人は乃美の方(元清、元政、秀包の母)、三人目の側室が東の方(御東大方、中の丸とも呼ばれる人物)であると言われています。この東の方は小幡氏の娘といわれてますが詳細は不明であり、確固たる証拠は用意されていないようです。

今回はそんな東の方の逸話をひとつご紹介。

東の方は他の側室とは違い、子に恵まれませんでした。しかし他の側室の方々が産んだ子供達と仲がよく、慕われていたそうです。特に四男・穂井田元清は東の方を常に心配しており、戦に臨む際にも

「中の丸殿は子どもに恵まれず幸せうすきお方です。おわかりかとは思いますが輝元様がお目をかけてあげなければいけませんから、しっかりと面倒を見てあげてくださいね。それは亡き元就様への供養にもなりますから、くれぐれもお見捨てなきように。中の丸殿は私が幼い時から目をかけてくださった女性ですから特に申し上げておきます。」

と書き残しているほど仲がよかったようです。このこの中の丸と元清の関係は、元就と杉の方の関係を彷彿とさせます。どちらも幼い頃から世話をしてくれた父親の側室を慕い、思いやる話です。しかしこう見てみると、ちょっと毛利家全体はマザコン体質なのかな?と思ってしまいますね。