元就とその婿・後

この時、隆家は彌六に語った話の内容は

「その方などは歳若いので元就公のご生前の常の行状なども知らないであろう。元就公は、先ず常には物静かで、落ち着かないような気色など少しも見えない人であった。どれだけ諸方から急難が報告され大敵が攻め寄せてきたという時でも、いつもと変わった御気色もなく、却って、春は花、秋は紅葉と、その季節の風景によって連歌の会を開いたり、歌などを詠まれる事も多かった。私は最初軽業などは苦手だと思っていたのだが、馬を乗り弓を射て太刀を遣い走り来る、こういった飛び技まで優れた人であった。そうであったから、家中に侍たちは言うに及ばず、新たに幕下に加わり初めて対面するものまで、この人こそ主君であると頼んだのだ。」

「そして元就公は一言の約束がたとえ年月を経ても違えること有るまじと、好意を表すように律儀第一にされ、夫々の者たちに対して礼儀深く、慮外な振る舞いや奢った行跡など露程もなかった。土民に至るまで、無理非分の事が少しもなかったので人々はことごとく公を慕って、『どんな役儀であっても申し付けて下さい!元就様のために御奉公をしたいのです!』と思い立っていた程の仕置を為されていた。」

「また、非常に細かく心遣いを為されていた方であった。だがそれ故に公は夜ぐっすりと眠られるということはなかった。硯・料紙・灯を枕元に置かれ、諸所や国境に置かれた侍たちに、その時その時に適した指示書の案文、その他要件の事など思いつき次第に書き置かれ、翌朝家老たちが出仕すると、書付を元にいろいろな指示を申し付けられたのだ。」

いやはや、こうやって他人の口から聞くとやはり元就という人物は超人じみた人間だったのでしょう。それともそうでなくては、戦国の世を生きては来れなかったのでしょうかね。

婿である隆家から見た、毛利元就という人物の姿です。