元就の和歌合戦

今回ももう一つ、インテリ毛利元就の和歌の逸話です。

昔々あるところに安芸佐伯郡に木全知矩という武将がいました。彼は中国地方の覇者である毛利元就に従う事を良しとせず、ついに元就と戦になり城を包囲され攻められました。戦は長期に渡ったようで城中の兵糧も乏しくなって来たところに、元就からの降伏勧告が行われました。しかし知矩はこれを

「先祖より受け継いできた城を容易く人に渡すわけにはいかない!」

と言って固辞。決して毛利家には服従しないという姿勢を崩しません。どうしたものかと元就も頭を悩ませていると、知矩の意外な趣味を元就は聞きつけました。どうやら知矩は連歌に凝っているということです。この事を知った元就は紙に歌を書き、矢文として城内に射入れさせました。

『秋風に かたき木またの 落ち葉かな』(秋の木枯らしに勝てず木の股に引っかかってもうすぐ落ちてしまう葉のようではらはらします)

秋風と安芸勢がかかっているのでしょうか。秋に責められて落ちそうな葉のように追い詰められていますがどうするつもりですか?という問いかけの歌ですね。さてこれにすぐ相手から文が返ってきました。

『よせ来てしづむ 浦浪の月』(海岸に打ち寄せては沈んでいく波に映る月のように儚いものですね)

打ち寄せては沈んでいく、という事から絶対に降伏しない。討ち死上等、もしくはお前たちも打ち倒す、という歌です。知矩の覚悟を現しています。

さて元就はこの歌に大いに感心して城の包囲を解き撤退、その後しばらくして知矩に講和を要求させました。流石にこれには 知矩も「私の方から降参してしまえばこれ以上辱めは受けないだろう」と 城を出で元就に降参しに行きましたが、元就はこれを丁寧にもてなし大事な客のように扱ったとのことです。

歌を詠み合い、戦わせずして一つの城を落とした元就と、その歌に込めた覚悟から元就に丁重に扱われた知矩。戦国人は荒々しくも、このように雅な戦もやっていたのですね。