元就の母

毛利元就がある時、息子隆元にこんな思い出を語り始めました。

「私は5歳の時、母が死んだ。10歳の時、父が死んだ。11歳の時、兄の興元が大内義興に従って京に上った。その時私の周りに肉親は全くいなくなり、みなし子のように一人ぼっちで生きていた。そんな私を哀れに思ったのが、父上の側室であられた杉大方殿であった。彼女は一人にするのはかわいそうだと、私を自身が育てられるとおっしゃってくださった。あの頃杉大方殿はまだ年も若く、父上との間に子も無く、実家に帰るのに何の差し障りもなかったのに、ただ、血もつながっていない私のために、この吉田に留まり育ててくださったのだ。杉大方殿は私を育てたためについに再婚することも無く、その生涯を終えられてしまった。私は兄・興元が京から帰ってくるまでの3年間、大方殿の側を離れること無く、暮らしていたものだ・・・・」

これこそ元就が生涯、実の母のように大切にした杉大方殿についての回想です。

杉大方は元就が家臣に城を奪われ追い出された時も共にいて育ててくれたそうで、この時元就に朝日を拝む念仏信仰を教えました。この事がきっかけ手元就は息子達にも朝日を拝むように、と言いつけてあります。彼女の存在は元就にとってかけがえのない存在だったのでしょうね。