元春の子作り

さて今回は前回に引き続き、吉川元春とその妻である新庄局のお話です。女性の名前は残っていないことが多いので、新庄局で統一したいと思います。

数奇な運命と打算により夫婦になった二人ですが、その夫婦仲は大変良かったといいます。毛利家の正室・妙玖夫人が産んだ男子には共通するのですが、三人とも側室を持ってなかったと言います。父親と母親がよほど仲が良かったのか、それとも生来の性格からだったのかはわかりません。二人の間には夭折してしまった子を含め、五人の子どもを授かっています。内一人は娘で、他の四人は男の子。中々に優秀な子供ぞろいだったとか・・・・。

さて下世話な話ですが、この子供たちの生まれた年と年代を見ていってみましょう。これには不思議な法則があります。

長男:元長1548年生まれ 前年に元春が妻を娶っているので結婚記念

次男:元氏1556年生まれ 前年に厳島合戦で勝利したので厳島記念

三男:広家1561年12月生まれ 同じ年の1月頃に長男の元服があったので元服記念

なんとまあ上手く出来上がったこと(笑)

大きなイベントがあるとホッとして子供を作る家庭だったのでしょうか?何はともあれ、夫婦仲が宜しくて結構ですね。

因みに家は長男が早世し、次男が養子に出ていたので三男の広家が跡を継ぎました。この経緯はまた、関ヶ原以降で説明したいと思います。