厳島合戦の論功行賞

さて毛利隆元の死について先に語ってしましましたが、それはまだ先のことですので先に厳島合戦での逸話をひとつ。

厳島合戦が寡兵の毛利勢の大勝利に決し、論功行賞を行っていた時のことです。元就が以前から「家臣にしたい」と言っていた大和伊豆守を殺すことなく生け捕った香川光景は、期待に胸躍らせて元就の前に進みました。

「此度のことは良くやった!私ががかねてから言っていたことを乱戦のさなかに思い出し、あの大和を見事捕虜にしたとは大したものである!

だが、

私はお前ことを頼もしく思い、譜代でもないのに国境の要衝を任していたのだ!陸から攻められたならば一番にお前の城が狙われるだろうが!それを開けっ放しにして厳島に出てくるとは一体どうしたものか!」

褒めてもらえると思っていたら烈火のごとく怒られた光景。しかし光景も黙ってはいない。

「大殿の子供らも全員この決死の戦に出てきているではないですか!今回負けたら御家滅亡は必須!皆死ぬのならば私だって及ばずとも戦い、一緒に死のうと思ったのです!また、勝つのであれば城の一個や二個奪われようとも、取り返せば済むこと!城にいる我が女房子供が殺されようが捕まろうが知ったことじゃありません!大殿や御一族と生死存亡を共にできなくて何が忠義でございましょうか!」

この勢いに押されたのかそれももっともだと思ったのか、元就は光景の格別の忠節を褒め称え、重ねて手柄を褒めたのでした。よかったよかった。