吉川元春と陶晴賢

さて吉川興経の話にも、吉川元春の舅になった熊谷信直が出てきましたね。婚姻政策により元春の味方になってくれたのです。そんな元春ですが、実は意外な人物とつながりがあります。実は元春は陶晴賢と義兄弟の契りを交わしているのです。今回はその義兄弟のいきさつについて解説していくことにしましょう。

さてそれは毛利父子が山口に来ていた時のことです。大内家家臣の相良武任が大内義隆に提案したのが始まりでした。

「義隆様、毛利元就は元々は尼子に仕えていました。毛利元就は優秀な人材で、稀有な人物です。なので再び元就が尼子になびかないようにしておいた方がよいでしょう。そこでご相談なのですが嫡子の隆元に関してですが、内藤興盛の娘なら義隆様に血筋も近いので養女に迎えて隆元と婚姻契約を結びましょう。そして次男の元春は元就と並び立つ良将の器だと評判です。ですのでこちらはの陶隆房(晴賢)と元春を義兄弟にしてしまいましょう。隆房も勇猛さでは西国一、あの二人に先陣を任せればかの蒙古の堅陣だとて大内家の敵ではございません!」

これを聞き入れた義隆は早速元就を呼んでこれを伝えると、元就もこの提案を大いに喜びました。要するに大内の毛利つなぎとめ政策の一環として元春と晴賢は義兄弟になったのです。なんともこれは・・・・義兄弟とはもっとロマンがあるものかと思っていましたが、現実的な理由があったのですね。

元春と晴賢、義兄弟にさせられる、という話でした。