吉田郡山城篭城戦・後

さてこの籠城の期間、色々と不思議な事が起こったと伝えられています。

8月15日には、崎八幡のお供え物に、人の頭のように毛が生えたのを児玉内蔵充が見つけ、奇妙に思って轉新九郎を以って元就に献上しました。それによって宮崎八幡を城内の祇園の社に遷宮させられました。

また祇園縄手の深田に毎夜光るものがありました。これを見たものが不審に思いその場所を掘ってみると、そこから太刀が一腰出てきた。これは『稲光』と名付けられ、毛利家の御宝蔵に入れられたといいます。

そしてまた、この時は城下の百姓町人も城内に妻子を連れて籠っていたのですが、尼子軍によって自分たちの家屋が放火された時にもそれを嘆くようなこともなく、誰が教えたわけでもないのに

『尼子殿は雲客 引きずり下ろしてずんぎり』

と、言い合ったそうです。

因みに雲客とは雲に乗ってきた者ということで、尼子が出雲からきたこととかけているのですね。要するに『雲にのってきた尼子軍をその雲から引きずり下ろして寸切にしてやるぞ』という意味です。

吉田物語には「この様な言葉が自然に出てきたのも不思議な事である。」と書かれていますが、これも全て元就による仕込みだったのでは…と疑ってしまいますね。何にせよこの戦いで尼子家を打ち破ったことで、毛利家が中国地方の覇者になっていったのですから、結果としては大成功に終わりました。

しかし尼子が滅び、大内が倒れ、陶も居なくなり毛利だけが残ったって…なんだか字面だけ見ると、とってもホラーですね。