和歌ほど役に立つものはない

さて前回の話ではずっと先の話で毛利元就亡き後の宍戸隆家、つまり婿から見た目戦での毛利元就という人物をご紹介しました。その中でも、毛利元就という人物がいかに多才であったかと伺い知れますが、謀略家であった元就が和歌を嗜むというのは少々イメージとは違ってくると思った方も多いのでは?今回はそんな元就と和歌の逸話をご紹介します。

さて元就は日頃こそ謀略計策を練りまくっていた陰謀策謀スーパーおじいちゃんだったのですが、その一方で暇さえあれば和歌を詠んでその道を楽しんでいたと言われています。ではなぜ元就は和歌を詠むことを趣味にしていたのでしょうか?その気になる龍については、元就自身はこう答えたそうです。

「目に見えない鬼神をも従え、猛々しい武士の心をも慰めるのに和歌に勝るものはない。和歌の道にまったく疎いのは血の通わぬ木石と同じで、ことにこの日本国は神の国である。「大和歌」と書いて「ことのは」と読むだろう。神は言葉を人の心の種として、万の言葉をお創りになられた。「和」とはすなわち穏やかな威光のことである。互いに愛し合い仲良く暮らすのに和歌ほど役に立つものはない。」

「日本を「大和の国」というのは神の国だということを強調している為である。神の国に生を受けながら和歌を詠まないのは、全ての神のおぼしめしに背いていると言っても過言ではない。その神意に背いてどうしてこの神国で武家として神の加護を得られようものか。」

元就の信心深さと同時に、和歌をどのように捉えていたかが伺えますね。しかしこんな逸話を見ると、謀略家と呼ばれた人ほどどこかロマンチストで心優しい一面があるのだと思えてきますね。