土竜攻め

さて大内氏を破った毛利元就は尼子家との戦いを開始します。そしてその前哨戦になる戦いの光景がこちらの逸話。

永禄2年2月のこと。この頃石見銀山の支配権を巡り、毛利氏と尼子氏は激しく争っていましいた。そこで元就は次男・吉川元春に、尼子に味方する小笠原長雄の居城・温湯城の攻略を命じました。しかし、信濃守護家の流れを汲むという長雄の篭る要害は、元春の猛攻をも弾き返し、長男隆元・三男隆景そして元就自身までもが温湯に出陣、毛利家総出で攻城に当たる事態に陥りました。

そこで元就が決断したのが、土竜攻めです。穴を掘って城の内側から攻めようという奇襲策です。これにより石見銀山の鉱夫が集められ、連日に渡り坑道が掘り進められました。そしてそんなある日のこと。

「おい、こっちに空洞があるぞ!」

「本当か!?よし、好都合じゃ。そっちを掘れ、掘れ・・・・え?」

その先には、人がいました。なんと城方でも同じ事を企て、坑道を掘っていたのです。予期せぬトンネル開通を祝い、感動のうちに両者は固い握手を交わ・・・す筈もなく、文字通り日の当たらぬ場所で泥仕合開始。

結局毛利軍は城方に撃退され、土竜攻めに失敗。諦めた元就は普通に兵糧攻めを行うことを決意。半年近く経った7月下旬、城主・長雄の降伏により、毛利氏が1万2千余の軍勢を動員した城攻めはごく平凡な結末に終わりました。

珍しく元就の策が見事な空振りに終わった話です。