大内義隆が子供の頃

さて父・大内義興から後を引き継いだ嫡男の大内義隆。幼少期に父親がいないまま育てられたせいなのか、それとも生まれ持っての本人の気質だったのか・・・彼は後にやや戦国大名としての意識が欠けている人物に育ってしまいます。今回はそんな義隆が子供の頃のエピソードを一つご紹介しましょう。

それは大内義隆がまだ幼い子どもだった頃の話です。義隆は他の子どもたちが銭を玩具にして遊んでいるのを見て、自分も銭で遊んでみたいと思っていました。

これを聞いた義隆の守り役だった杉重矩は 「銭なんて汚らわしいものを、主君となるお方が見てはいけない!」 と思ったのか、黄金の笄で銭を突き刺しました。そして「こんなものはこうしましょうね!」とばかりに、 笄と一緒に銭を汚物の中に投げ入れる様を義隆に見せたといいます。

さあこれがいい話なのか悪い話なのかは微妙ですが・・・後の義隆の金銭感覚の無さと言うか、余りに度が過ぎた大盤振る舞い感というかをみるともり役達は教育方法を間違っていたのではと思ってしまうのですが・・・。

因みに笄とは髪をかく(頭をかく)ためのもので、武士は脇差などと一緒に持っていたそうです。そんなものまで黄金で造らなくても・・・と思うのは貧乏性でしょうかね?