大寧寺の井戸

さて今回は大内義隆の最期にまつわる逸話です。

皆様もうご存知の通り大寧寺の変で、大内義隆は寵臣であった陶晴賢らに謀反を起こされ、長年の重臣達にも見捨てられて義隆一行は北長門まで落ちのびて逃げました。ここで海路石見か九州へ逃れようとしたが、海が荒れて進めません。

進めないものは仕方が無いので陸路を15kmぐらい引き返し、三方が山、一方が川というちょっとした要塞のような立地になっている太寧寺に籠ることにしました。ここまで本当に色々あっていい加減疲れていた義隆は水を所望して、何気なく参道脇にある井戸を覗き込みました。

すると覗きこんだその水面にはあるべきものが映っていなかったのです。

 

 
「・・・・・・首が、ない」

これで精神的にも完全にやられてしまったのか義隆、腹を切る事にしたと言います。

さて後の参道改修の折にこの井戸は潰されましたが、今は境内の隅の方にこの時、兜を掛けたという兜掛けの岩と共に姿見の池として再現されています。もしここに行かれる機会があれば、湯治のついでにでも覗き込んでみては如何でしょうか。その時あるべきものが映っている事を祈りながら・・・・。

大内義隆の最期にまつわるとても縁起の悪い話でした。