嫡男の苦悩・前

尼子家粛清の件の後、元就はいよいよ陶晴賢との決戦・厳島の戦いが始まります。しかしこの1555年の一年前に、ある武将がある人物に向けて手紙を送っています。その武将とは毛利隆元、毛利元就の嫡男です。

天正二十三(1554)年三月十二日付けで、当時三十二歳であった隆元が、深く慕っていた一つ年上の竺雲恵心に送った有名な手紙。その文章を挙げてみましょう。こちら、涙なくては読めない手紙です。長いのでゆっくり、分けながら行きましょう。

「恵心公宛隆元自筆書状」

謹述胸念

一、来世の善所の事については、強く心に留め置いております。ですから、心の及ぶ限りに善い行いを積むように致したく思っております。

一、現世については、果報は一つもないと見ておりますので、何を恨む事がありましょうか。これも前の世の報いと弁えておりますので、殊更思い悩む事もありません。

一、私の一生は、先の易にも見えておりますから重ねて申し上げるまでもありませんが、私は無才無器量であるだけではなく、これは必然であるのかも知れません。

一、故に我が家も、父・元就の代で終わりと見えます。私の代で家運が尽きてしまうのも因果の道理に従っており、これも必然の道理であります。

一、他の諸家の有様については論じてませんが、この国も悉く変わりました。それは至って明白な事であります。またそのような中で、当家だけがこの世に今日まで存続して居るのは不思議な事に思います。しかしこれは、偏に父・元就の信心の故と思います。私にはそのような信心がないため、毛利の家運の尽きる時に当たって生まれたのだと思っております。