宮島踊り

さてこれは大内義輿が上洛する前の頃、安芸の厳島神社の祭礼にやってきた時の話。

祭礼に来ていた参加者達は酒を飲んだらしい。お祭りに酒はつきものですからまぁそれはいいのですが、度を越してしまうとロクな事にならないのは今も昔も一緒です。

彼らは酔った勢いで神社で行われている神事に対して悪口を言い始めました暴れ出しました。これに怒った厳島神主支配下の神領衆、暴れてた人々を十人ほど殺してその船を沈めました。何とも過激な事です。神社の勢力なのに

さてこの殺された人たちの中に伊予の豪族であった多賀江氏の郎党も含まれていたのが悲運の始まり。郎党が殺された事に面子を潰されたと思ったのか、多賀江氏の勢力160~170隻の船が厳島を襲い、島に上陸して火を点けて回るなど暴れ放題を尽くしました。これじゃヤクザの抗争だ

すると、神の思し召しか奇跡的なタイミングで風雨が強くなってきました。船に強い風雨はご法度、多賀江氏の勇士として知られた多賀江兵部小輔は神社に軽く拝礼して船に乗り、神社の鳥居の前まで漕ぎ出していき、

 
船が沈没し24人の郎党と一緒に海中に消えてしまいました。

(ついでにその後来た多賀江氏の親戚である重見氏の船も沈みました)

その後、死んだ多賀江兵部達は悪霊となって厳島の住民を苦しめたのでその霊を慰めるために念仏踊りを始めたといいます。これが、現代にも伝わる宮島踊りです。

味方同士での抗争で死者まで出た上、悪霊にまで出てきたというお話。皆さんも酒の席での失言暴挙にはお気を付け下さい。