小早川隆景、大胆にも

今回は陶晴賢と毛利家の戦いにおける、小早川隆景の大胆エピソードをご紹介します。

弘治元年(1555年)、陶晴賢は大軍を率いて毛利方の宮尾城を攻め落とそうとしてしていました。実はこの城は元就が晴賢をおびき出そうと厳島に建てた囮の城であり、彼の考えた策には絶対に必要な城でした。なので、

「必ず勝機はあるからなんとか三日持ちこたえてほしい」

と城を守る兵に伝えたい元就でしたが、連絡手段がありません。そこに進み出たのが三男・隆景。彼は

「小舟が一艘、陶方の船にまぎれて往来しております。おそらく鳩ヶ浦に暮らす漁夫でしょう。この漁夫を利用すれば城方と連絡がとれるかもしれません」

と言い、元就は隆景に任せることにしました。

隆景は漁夫の舟が陸に着くのを待ち、「何のために往来しているのか」と聞きました。漁夫は「戦があろうとなかろうと我らは漁をして魚を売らなければ生きていけません」と答えます。これを聞いた隆景は漁夫の魚を全て買い取り、そのほかに金を渡して宮尾城に運んでほしいと頼み込みました。

これを漁夫は承知し、隆景は家臣二人を連れて魚を入れる船底に潜り込み、息を殺して海を渡り無事に宮尾城にたどり着く事が出来ました。隆景の到着に宮尾城を守る兵士は大いに喜び「必ず援軍はあるから三日持ちこたえよ」という元就の言伝にたちまち士気を上げました。

その後、隆景はまた船底に隠れて城から脱出したそうです。

毛利家三男隆景の大胆な入城、脱出エピソードです。