尼子勝久最後の言葉

さて山中鹿之助らの奮戦虚しく、尼子軍が籠る上月城は織田信長に見捨てられ、尼子勝久は自刃、尼子再興は叶わぬまま終了となります。

ここで聞きたいのが、尼子勝久と言う人物は一体どれほどの人が知っている人物で、どのような認識をされている人物でしょうか。尼子再興の為の御輿であり、持ち上げられるだけ持ちあげられてうち捨てられた人物と言うだけでしょうか。

その尼子勝久の最後の言葉を記したものがあります。

1578年、播磨国において毛利軍と羽柴軍が鬩ぎ合いをしていた頃。前線の要であった上月城にいた尼子再興軍に織田信長は撤退を促したが、尼子再興軍は敢えてこの場に残る事を選びました。勝久は降伏するのですが、その際に家臣達に伝えたのが、この最期の言葉です。

『法衣をまとって一生を送るべきはずであった自分を、一度は尼子の大将にしてくれたことを感謝する。みな今後は命を永らえ、命を大切にするように』

尼子勝久、享年26歳。

この言葉を見る限りでは、尼子家の再興も無駄ではなかったのでしょう。この後勝久は城兵の命と引き換えに自刃します。その際にも「武士として自刃で死ねるのは本望である」と言葉を残しています。

尼子勝久、逸話の少ない彼もまた、戦国の世の武士であったのでしょう。