山中鹿之助の三日月信仰

さて以前山中鹿之助の「我に七難八苦を授けたまえ!」という発言と祈りについての解説を少し行いましたが。今回もそれに少しばかり関係のある話です。七難八苦の際も山中鹿之助は月、それも三日月に対して祈りを捧げました。山中鹿之助という人物は生涯に渡って三日月を信仰していたようです。その三日月信仰に至るまでの逸話です。

山中鹿之助には兄・山中幸高がいました。因みに父親の名前は満幸です。字面だけ見るととても幸せそうな一族です。まぁ閑話休題。

しかし鹿之助の兄・幸高は生来病弱であり、この兄に代わって鹿之助は山中家の家督を相続する事になります。そして先祖伝来の三日月の前伊達と鹿の角の脇立がついた兜を譲り受けました。この時鹿之助は

「今日から30日以内に武功が立てられます様に。」

と夜空の三日月に祈りました。程なくして、主家の尼子家と山名家との間で行われた尾高城の戦いに出陣した鹿之助は、豪傑として名高い菊池音八を見事に討ち取りました。一説には鹿之助の名はこの兜に由来しているとも言われており、これがきっかけとなって山中鹿之助は生涯に渡って三日月を信仰するようになったのだといいます。

山中鹿之助、三日月に願いを立てるという逸話。余談ですがお隣の毛利さんも「お月さまに祈ってね」という教えがあります。