島津日新斎・幼い頃

さて母・常盤夫人により熱心な教育を受け、後になんやかやで本家を乗っ取る形で島津家をまとめ上げた島津忠良こと島津日新斎。彼は息子の島津貴久と共に「島津家中興の祖」と称えられています。そんな島津日新斎ですが、幼い頃は教育の為に母常盤よりお寺に預けられていたようです。上杉謙信もそうですが、この当時、言う事を聞かない子をお寺に預けて性根を叩きなおして貰う教育をして貰う事は良くある事です。

ですが上杉謙信同じく、島津日新斎も結構な悪ガキだったらしくお寺の僧達は手を焼いていたようで。

上杉謙信はあまりに手がかかり、何度説教をしても聞き入れないので一度預けた寺から返却されるという事がありましたが、こちらはもっと上を行きます。お寺の対応が。

まぁ悪ガキだった日新斎。勉強をさぼったり暴れまわったりしていたのですが、それを見たお坊さん、すっと手に取ったのは薙刀。

「この悪ガキどもが―――――!!!!!!!」

次の瞬間薙刀を振り回し子供達を追いかけ始めた。いやはや九州の坊さんはやる事が違うぜ・・・!まぁ泣きわめいて逃げる子供達。だが日新斎は逃げずに立っている。なぜ逃げないかと問いかけると「履物が無いから逃げられない。とってきてくれ」とのこと。

この言葉にお坊さんは「これこそ正に武家の子!」と感動したと言われています。アレー?