息子の手紙を読んで、パパ

さて今回はあのネガティブすぎると巷で評判の(どこの巷だ)毛利隆元の手紙を呼んだ、毛利元就の、つまり父親の反応はどうだったのか?についてです。それについての手紙が残っていますので、ご紹介しましょう。あの手紙魔、平均2,8メートルもの手紙を書く毛利元就の書状であることを念頭に置いて読んでください。

『毛利家文書 七六三』

毛利元就書状

寄越して頂いた隆元の書き置きを日々拝見しております。

何と言えばよいのか、とても言葉では言い表せず(原文:言語道断)、感涙に堪えません。これ程までに禅師を頼られているとは知らず、とても感謝しております。

是非とも御上国下さい。

また、お越しになられた際には隆元の菩提を弔ってやりたいと思います。

詳しくは昇公に申しております。恐惶謹言。

卯月十二日 元就(花押)

『毛利家文書 七六四』

み、短い!(驚愕)

本当に短いのです。まさに言語道断、悲しすぎて筆すら握れない状態だったのか、我が子がこんな思いでいたということを知らなかったという悲しみなのか。厳島合戦とかでも戦に消極的な元就を叱責したり、

「じゃあ二人共死んじゃ困るからパパだけ戦に行くね」

「当主不在で戦とか指揮が上がらん。行く」

と言った隆元がこんな思いだったとは誰が予想したものか。これ以後、今までの勢いが嘘のように毛利家は傾いてしまい、折々で元就は嫡男・隆元の死を悲しんだといいます。

本当に稀有な人だったのでしょう。