毛利元就、飛躍する

弟を誅殺し、尼子家との関係を切って大内家と結んだ毛利元就。

彼はその後も反乱を企てている家臣らを数名処罰するなどして、内政にも力をあ入れて毛利家の体制を盤石化していきます。この最中、人質に出していた長女を失うなど知来時期もありましたが、27歳の時に待望の嫡男であった後の毛利隆元を授かったのでした。その後元就はこの隆元を大内家へ人質に出して、大内家との関係を良好に保つべく奮戦しています。(その後、如何に隆元が大内家で大切にされたかは過去の大内義隆の記事なども参考にして下さい)

その後、元就は隆元と長女の母であり、正室・妙玖夫人との間に五龍局、吉川元春、小早川隆景などの優秀な子供たちを授かりました。因みに妙玖というのは彼女の名前ではなく、法名です。ですので本当の名前は玉か久だったのではと言われていますが、真相は不明です。昔は女性の名が多くの場合は残っていない事が多いのです。

元就と妙玖夫人は当時では珍しくもない政略結婚でしたが、その夫婦仲は非常に良かったものとされています。元就は妙玖夫人の在命時は決して側室を置くことがなく、また子供たちにあてた手紙の端々で亡き妻との思い出を語ったりしています。このような経歴からか、その息子たちもまた、側室をもっていなかったという戦国時代では珍しい家でした。

あの謀神と名高い毛利元就が愛妻家というと、何だか可愛らしく思えてきてしまいますね。