毛利家三本の矢の一本3

さて最後にほんの少し、偶にはお涙ちょうだい風の逸話をひとつ。

嫡男毛利隆元の死に毛利家は大混乱。この時毛利元就は三日三晩泣き通しだったと言われています。その上あっけなく傾く毛利本家、圧迫される経済難に「もう天下とか諦めよう・・・」と弱気なコメント。子供の頃厳島神社で「男なら天下統一ぐらいお願いしとかなきゃな!」とか言ってた頃がただ懐かしい。

とまあ落胆し泣き崩れていた毛利元就に、一通の手紙が届きます。それも厳島神社から。そこにはひとつの文章が同封されていました。それは亡くなった隆元が亡くなる前に、厳島を詣でて願い捧げたものでした。

「どうか、父を長生きさせてください。もし父に巳歳の災難が降りかかると言うのであれば、どうぞ、私を身代わりにしてください。全ての厄災は私が父の代わりに引き受けます」

この手紙を見るや否や、元就は再び泣き崩れたと言います。この嘆願書がどこまで効果を発揮していたのかは分かりませんが、この親孝行は喜んでいいやら泣いていいやらの難しい所でもありますね。

そんな毛利隆元は良く平重盛と重ねられます。二人とも働き盛りに亡くなって父親を嘆かせ、同じように父の長命を嘆願した事によるものでしょう。興味が湧いたら調べてみましょう毛利隆元、かなり凄い武将です。

さてでは次からは再び九州動乱へと戻ります。