毛利家当主の寿命

さて前回でも毛利家の当主らの寿命が短くて・・・という話をしたと思われますが、ここで一挙に出してどれほどのものだったか見比べてみるとしましょう。元就の祖父・豊元からスタートしますね。

豊元 33歳 弘元 40歳 興元 25歳 幸松丸 8歳 元就 74歳 隆元 40歳 輝元 72歳

秀就 56歳 綱広 50歳 吉就 25歳 吉広 35歳 吉元 54歳 宗広 36歳 重就 64歳

治親 38歳 斉房 28歳

・・・・約二名が異彩を放っていますね!

しかしこうして見るとやはり元就は戦国の世には珍しい長生きですし、それ以前は若死にが多いですね。特に甥の幸松丸の8歳は目を引きますね。何でこんな小さな子に当主やらせちゃったんだと思うくらいには。

因みに元就の息子で次男の吉川元春の次男・元氏は75歳。四男の穂井田元清の息子の秀元は72歳、孫の輝元の次男の就隆は77歳と長生きがいる所を見ると、毛利家当主は短命ですが分家にいった人物達には結構長い気な人達が多くいますねっていうとやっぱり呪われてるのか毛利家は・・・?元就も次男で分家みたいなもんだったからな・・・

まあそれはさておき。短命な当主が多い毛利家ですが家臣には長生きの人物がいたようで特にこの

志道広良 91歳 国司元相 100歳 平賀元相 99歳

この三人は特出して長生きのようです。彼らは毛利家家中でも長く奉公した者達です。家臣にも長生きした人達がいるのにどうして当主には若死が多かったのでしょうかね。やっぱり毛利家は呪われてたんじゃ尼子や大内とか