百万一心

百万一心とは毛利元就を語る上では外せない言葉であり、元就にとって人生の指針のような言葉です。その言葉にまつわる逸話が此方です。

元就がまだ子供の頃、ある日、泣いている娘を見つけました。事情を聞くと母親が人柱にされてしまって、ひとりぼっちになったのだといいます。これを気の毒に思った元就はつれて帰って娘を家臣に養わせることにしました。

時は流れ、郡山城拡張工事の時の事です。姫丸壇の石垣が何度積んでも崩れてしまい、遅々として進みません。あまりの難工事に、普請奉行達は神仏の祟りかと考えて人柱を立てることにしました。

そこで白羽の矢が立ったのが、元就が子供の頃に助けた娘です。しかし元就に娘を人柱にしたいと申し出た所、元就は答えました。

「せっかく助けた命を再び犠牲にすることはない。百万の心を同じくし、一致協力して事にあたれば何事でも成し遂げられるものだ」

家臣をそう諭した元就は己の先祖である野見宿弥がその昔、古墳を作る際に殉死の人馬の代わりに埴輪を納めたという故事にならって、紙に「百万一心(あるいは「一日一力一心」)」と書き、これを石に彫って人柱の代わりに埋めるように命じました。家臣達は言われたとおり、高さ6尺、巾2尺の巨石に言葉を刻んで人柱の代わりにこれを埋めた所、石垣は崩れなくなり無事に工事を終えることが出来たといいます。

因みに一日一力一心の意味は「日を同じくし力を同じくし心を同じくすれば何事も成し遂げられる」という意味です。毛利元就の人生の指針は、一人の娘を助けた所から始まっていたのですね。