立花道雪への感悦の使者1

さて少し戻って黒木攻めの際のお話です。黒木攻めの際に攻めあぐねていた大友軍への援軍として、立花道雪と高橋紹運がつかわされた話はしましたね。その少し前のお話です。

立花道雪は元は戸次道雪と言い、立花城を安堵するために送られ、以来その城に移り住んだので立花道雪と呼ばれているのですが、立花城に送るまでも、そして送られてからもその忠節と働きは素晴らしいものだったようです。そしてその働きに大友家から感悦の使者が送られる事になりました。しかし筑後は敵の領地でなので、豊後の地から船で海路を持って使者を遣わす事になりました。使者は道雪に第一の褒美として旗竿を遣わす事。そして、道雪の為に吉日を選んで使者が一度帰国、報告が終わってから船で送り遣わすとのことでした。これを聞いた道雪、喜びながらも恐縮し、

「さて旗竿を賜る事は何物にも勝る名誉でございます。出来る事なら御国へ伺って直に頂戴したいのは山々ですが、今大友家は方々に敵がいてその隙を狙っております。ですが幸運にも田原殿(大友義統の弟の田原親家)が筑後の黒木城に御座されておりますので、旗竿は黒木まで届けて頂ければかの地まで赴いて田原殿の御前にて頂戴仕りましょう。大きすぎる冥加は恐ろしいもの、ご使者より此処に直接送られるのはどうかご免なされるようにお願い申し上げます。」

道雪はこう言って、褒美を黒木へ取りに行く旨を大友義統へと伝えたのでした。