築山館の怪異

山口にはかつて応永の乱の主役たる大内義弘が築いた築山館という館がありました。その庭園には「月見の松」なる名木があり、その月影に映える枝ぶりは代々の当主の心を大いに和ませるものであったといいます。

さて、天文十五年。大内義隆公の御世のこと。この築山館の松の枝に掛かる秋月を肴に義隆が月見の宴を開いていたところ、館の塀の上に怪しげな影が一つ蠢いていました。これを怪しんだ義隆は急ぎ宿直の者を呼びつけてこれを撃つように命じます。

命ぜられた武士・松原隆則は弓矢を取り出してひょうと射放つと、矢は狙いあまたず影を射抜き、射抜かれた影はどうと庭へと崩れ落ちました。この時射殺された影を改めて見ると、それはまごう事なき天花畑の山奥に潜む山姥の姿で、これを見事退治した松原隆則は大いにその面目を施したといいます。

だが常日頃になき妖怪の出没は周防の人々によからぬ事が起きる予兆を強く感じさせる事になります。そして五年後の天文二十年、陶晴賢の謀叛により大内義隆は太寧寺に自刃に追い込まれ、件の松原隆則も主君を守って遭えなく討ち死にを遂げてしまうのでした。

大内家の衰運が妖怪を呼び込んだか、はたまた妖怪の呪詛が大内家を衰亡に導いたのか。それは一体どちらが先だったのかは分からない逸話です。