自領に持ち込んでしまった不和・2

そして永正十五年。高国との不和だけでなく、長らく留守にしていた事で自国領内が尼子氏をはじめとする周辺敵対勢力に狙われ始めます。自領が脅かされている事、悪化していく京での立場、これにより義興はついに帰国の途に着きます。

この時、自領山口を目指して山陽道を進む大内勢の中には数万の武家のほか、本来都に在って帝に侍るべき公家衆が加わっていました。十年に渡る大内軍の畿内駐留の間に、義興と親しくなったその公家達は暮らしの厳しい都を離れて、大内勢に従って一路山口目指して旅立ったのです。さて小松原という土地に差し掛かったところで、義興はその地下人の公家にこう告げました。

「山口に来るとなれば、姓を考えねばならないだろう。丁度この土地は小松原、新たにつける苗字には余りよき漢字ではないな・・・・そうだ、そこもとは今日より松原某を名乗るがよいであろう」

この公家は藤原某を名乗っていましたが、都を落ち、周防の地からもう還らぬ覚悟であるなら姓も変えたほうがよいだろう、そんな話の成り行きからの会話でした。都落ちの公家に否を告げる術はありません。かくして大内家の家臣団の末席に、新たに松原某という公家崩れの武士が加わった瞬間でした。