謀聖、旧城に帰り咲く・3

時は動きまして文明17年大晦日。経久の苦渋の時はこの日で終わりを迎えます。経久に従うは旧恩を忘れていなかった山中一党の十七名、そして経久が戻ってきた事により昔の恩義を忘れてはいなかった譜代の郎党五十六名。彼らは密かに城に忍び込み、その合図を待ちます。

早朝、鉢屋らの一族らが太鼓を討ちながら千寿万歳の舞を始めました。城内の者達は今年は例年より早く舞が入ってきたから急げ、とばかりに皆して二の丸の大庭に集まって見物を始めました。ここで経久達は動き始めます。

城内と所々に火をかけては火事だ火事だと叫び廻り始める経久達。見物していて気が抜けていた城兵達は突然の火事騒ぎに慌て始めました。そこで鉢屋衆らは烏帽子や舞服を脱ぎ捨て太刀を構えて城兵達に切りかかっていきます。混乱する城兵達は更に現れた経久達にも襲いかかられ散りじりに城を捨てて逃げのび、塩治も討ち取られてしまいました。

こうして後の世に謀聖と呼ばれる尼子経久は旧城、富田の城を見事その謀略でもって取り戻したのです。この時上げた首はなんと730にも及び、尼子経久という人物が世に広く知られるきっかけとなったのでした。

何ともドラマチックな逸話ですね。渦中に出てくる山中家とはおそらく山中鹿之助の一族でしょう。この頃より、山中家は尼子家の忠臣であった事が窺わさせられる逸話です。

謀聖旧城に帰り咲く、という逸話でした。