鉄砲伝来

さて母・常盤夫人により帝王学を仕込まれ、厳しく育てられた島津日新斎は外交、戦略を駆使して島津家を纏めていくのですが、その陰で歴史は動き続けます。

1543年。それはやってきました。何だかお分かりでしょうか?

そうです、鉄砲の伝来ですね。以(1)後(5)予(4)算(3)が増えた鉄砲伝来、などの語呂合わせで有名です。種子島に漂着したポルトガル人が持っていた鉄砲を、種子島時尭が二丁買い取りました。もちろん一方は分解して仕組みを調べる為のものです。そして鉄砲といえば種子島、と言われるまでになったんですね。これぞ先見の明です。

この鉄砲は島津家にも伝わり、実用化されていきます。鉄砲と言えば織田信長の長篠の戦いが有名ですが、1554年頃に薩摩国内で起こった島津家と島津家に対抗する合戦で、既に鉄砲は撃ち合いに使用されていたようですので、島津家は戦国時代の大名の中で一番早く鉄砲を合戦に組み込んだ大名家のようです。

そしてちょっとした補足ですが、この時尭は島津家と深い因縁?がある人物です。実は島津家の娘を嫁に貰っていたのですが、その一方で島津家と敵対している家の姫とも関係を持った揚句子供を授かって・・・怒った奥さんは家に帰ってしまいます。まぁ、仕方ないですね。

そんな実生活では少しケチがついてしまった、種子島時尭でした。