陶晴賢と乳兄弟・前

さて前回も少し陶晴賢の逸話をご紹介しましたが、今回ももう一つご紹介しましょう。

さてそれは昔の事、山口でいりこ酒というものが流行りました。東日本の人は馴染みがないかもしれませんが、西日本では煮干しを炒り子、と呼びます。それが入ったお酒ですから、今で言うふぐのひれ酒のようなものでしょうね。これは当時かなり諸将に好まれており、陶晴賢も例外ではありませんでした。

さてこのいりこ酒で毎夜酒宴が開かれ、晴賢も招かれて出席していました。そしてある日、飲みが過ぎたのか朝帰りで返った時の事です。酔いも覚めやらず寝所の外で鳥の声を聞いていると、家の中から近習が話す声が聞こえてきました。どうやら近習達は隆房の帰宅に気づいていない様子。

「殿はこんな時間まで、どこで何をされているのだろうか。心配だなあ」

「なに、殿はまたいりこ酒の所だろう。いりこ酒の隆房(当時)様だな!」

馬鹿にされたと思ったのか晴賢、障子を開け放つと脇差を抜いて「いりこ酒」と言った近習に斬りかかり、反対側の庭まで追い詰めて首を差し出せと迫りました。近習は縁側に上がり

「殿の悪口を言ったのではなく、ちょっとふざけただけでした。ですがそこまでお怒りならどうぞお好きになさってください」

と諸肩脱いで首を延べたので、晴賢その首を落としてしまいました。