陶氏の最期・後

これを聞いた鶴寿丸、少しほっとしたのか問いかけました。

「そうか。そこにはふねでゆくのか?それともうまでゆくのか?」

「どちらでも。舟ならば彼岸への渡し舟が、馬ならば馬頭観音が馬となられてお迎えに来てくれます。ただその時には敵が太刀を並べて参り、私も太刀で若様を打ちまする。そこで少しも恐れず、笑っておれば父上様方に会いに行けましょう。もし心残り等して泣いてしまえば地獄と申す所へ行き、赤鬼青鬼どもの責め苦を味わい、父上様方に会えませぬ。その上世人は後々まで『あれが陶入道の子か』と笑うでしょう。」

「そうか。ちちうえにあえるのならばなんでこわがるものか。さぁはよう、ご主君のもとへまいろうぞ。」

その言葉に流石の房忠も涙を抑えきれず、遂にその目から涙が零れました。

「・・・?房忠、なぜないておるのじゃ?主君のおともをして人にもほめられるのに、なにがかなしいのだ?・・・・・そうか、わしは、しぬのじゃな。いやじゃ!ははうえや、うばとはなれてしぬのはいやじゃ!」

その涙に意味する所に気付いた鶴寿丸は泣き出してしまいました。しかしすぐにはっとして涙を拭うと、

「房忠!いまはこうでも長府へまいれば、かなしみもなきもせぬ!こころやすくおもえ!」

と言って顔を赤くしながらも、房忠の隣に立ちました。長府で義長と合流した鶴寿丸は見事に殉死を遂げ、介錯をした房忠も腹十文字に切って後を追ったといいます。

陶氏の、西国一の侍大将の血は確かに鶴寿丸に受け継がれていたのでしょう。