高橋紹運と宋雲尼

今回は高橋紹運と、その妻の宋雲院、宋雲尼の話です。

元々、この結婚を決めたのは紹運の兄である吉弘鎮信でした。兄は弟の為の縁組として、同じ大友家家臣の斉藤鎮実の妹を弟の嫁にする事を約束しました。が、その後合戦に次ぐ合戦が続き二人の婚姻は伸びに伸びてしまいました。

漸く落ち着いた紹運は鎮実に対面して遅れを詫び、結婚の日取りを決めようと申し入れました。しかしこの申し出を鎮実は断ります。実はこの時、宋雲尼は病気(一説には天然痘)により痘痕顔になってしまい、容貌が醜くなっていたそうです。流石にその妹を紹運の嫁にするのは忍びなく思って鎮実は断りを入れたのですが、紹運はその言葉に驚いて答えます。

「思いもよらぬ事を申されますな。斉藤家といえば代々武勇の誉れの高い名家であり、だからこそ兄が私の嫁にと望んだのです。それを容貌が醜くなったからと言って断る事は不義理ではありませんか。それに私は妹殿を浮ついた気持ちで嫁にしたいと思っているのではございません。お約束通り嫁に来て頂きたく思います。」

紹運の義理の高さが窺い知れる話です。その後結婚は恙無く進行し、二人は仲の良い夫婦となり六人もの子供に恵まれました。その内の一人が、後の立花宗茂です。

そして戦国の世には珍しい事に紹運は宋雲尼以外の妻をけして持つことはありませんでした。