鹿之助と狼ノ介の一騎討ち・1

毛利軍と尼子軍の戦いの中起こった、山中幸盛と品川大膳の一騎討ちについて「尼子方の記録」から掻い摘みつつ説明をしていきましょう。ここでまず気をつけたいのが、山中幸盛という人物はあの尼子家再興を願ってゲリラ活動を続けた山中鹿之助です。

さてこの山中幸盛こと山中鹿之助という名前で有名な男、毛利軍を討つべく広瀬川を挟んで毛利軍と対峙していました。この毛利軍の中にいたのが品川大膳。彼は軍功を上げるべく、尼子軍の勇将である山中鹿之助を討ち果たそうと思っていました。そこで大膳は名を棫木狼之介勝盛(たらぎおおかみのすけかつもり)と改めて山中鹿之助幸盛と対峙しました。

これには理由があります。春先に鹿がたらの芽を食べると角が抜け落ちると言う話があり、そして鹿を喰らうために、幸盛に勝つ盛と中々ベタな考え抜いた名前で山中鹿之助と一騎討ちを所望しました。

一騎討ちを挑まれた鹿之助、これを打ち破らんと川に馬を乗り入れました。するとなんと狼ノ介は鹿之助に矢を射かけてきたのです。

「一騎討ちは槍合わせか太刀打ちで勝負と相場が決まっておる!卑怯ではないか!」

鹿之助の配下であり、十人以上いる事で有名な尼子十勇士の一人、秋上伊織介は狼ノ介を非難しましたが、狼ノ介はこれを聞き入れませんでした。