龍造寺「四」天王

さて龍造寺家は衰退していきますが・・・前回の記事を見て違和感を覚えた方はいるでしょうか?

今回は龍造寺四天王の五人について少し説明をしましょう。この歴史ファンの中では常識とも言われている龍造寺四天王の五人は、以下の人物となっています。

成松信勝 江里口信常 百武賢兼 円城寺信胤 木下昌直

「五人そろって我らが龍造寺四天王!」パーン!

えー何度見ても五人ですが、これにはちゃんと理由があります。

龍造寺四天王は、おそらく公では日本最古に四天王と呼ばれた人物達です。ですがこの五人、史料によって人物が違うのです。そのため、最終的に龍造寺四天王は五人、となったのであります。因みに史料によって違うのは円城寺信胤と木下昌直の二人で、もしかしたらこの二人の内どちらかが補欠という事も・・・他の三人は四天王として確立しています。

因みに五人に共通する項目としては全員が武勇に優れており、主君龍造寺隆信が討ち取られた沖田畷の戦いにおいて全員が壮絶な討死を遂げています。(但し木下昌直のみ討死説のほかに生存説がある)

この五人の壮絶なる最後はまた別でご説明しましょう。しかし何度見ても四天王なのに五人って不思議ですよね。

やっぱり四天王と言ったら六人が定番ですものね!